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嫌韓(いやかん)ってホントはどうなの?

韓民族5千年の歴史は事実か? というハナシ


韓民族5千年の歴史は事実か?
古朝鮮建設時期、再照明されなければ…

 
イメージ 1[ソウルミーナ]10月3日は'開天節'だった。 この開天節について、大多数の人々は"紀元前2333年檀君王儉が古朝鮮を建国した日"と理解している。 そのため、これを根拠に、韓国人たちは、韓民族が五千年の悠久の歴史を持っている民族だと自慢げに話す。

しかし、紀元前2333年という年度が、果して正確な物なのか。 韓国の国史教科書では紀元前2333年の根拠を一然が建てた『三国遺事』から探している。
一然は三国遺事で"檀君王儉は唐高・唐堯=堯が即位してから50年になる庚寅年に平壌(ピョンヤン)城に都を定めて'朝鮮'と呼んだ"と記述している。 しかし、これを年度に換算すると、紀元前2284年だ。

現在、紀元前2333年を檀君の開国の年度に見るのは、朝鮮時代の徐居正(ソゴチョン)(1420~1488年)などが主導し、著述した『東國通鑑(東國通鑑)』によるものだ。 『東國通鑑』では古朝鮮の開国年度を開国時期の紀元前2357年より25年後の紀元前2333年に据えた。 ために現在、大多数の人々が認識している紀元前2333年は『東國通鑑』によるものだ。
しかし、問題は堯が伝説上の人物であり、実在の有無をまともに知ることができないということにある。 そのために堯が王位に就いた年代を正確に知ることができず、自然に檀君古朝鮮を建国した連帯も正確に分からないのだ。
事実徐居正(ソゴチョン)は堯の存在を信じていた宋の学者ソカンジョル(邵康節)が堯の開国時期を紀元前2357年(甲辰の年)と推定したものを受け入れたのだ。 そのために'東國通鑑'を根拠に檀君開国年代を推定するのはあまり意味がないことだ。

そしてもう一つは紀元前2333年という年代が青銅器文化を根拠に建設されたものとされた古朝鮮と時代的に合わないという点だ。 新石器時代以降、韓半島には紀元前10世紀ごろに、満州地域では紀元前15~13世紀頃に青銅器時代が展開された。
そのために、古朝鮮は実際には紀元前10世紀後の建国されたものと見る学者が多い。
実際に古朝鮮が初めて歴史書に登場した時期は紀元前7世紀初めに記述された管子(管子)に記録された齊国と交易した事実だ。 これからみて、中国人はこの頃にから'古朝鮮'という国を認識していることを知ることができる。 以後、文献からは見えないが、紀元前4世紀頃から本格的に文献に登場しており、少なくとも古朝鮮は紀元前4世紀以降から活発に活動したことを知ることができる。

歴史は一般的に'、過去にあった事実(history as past)'と'調査されて記録された事実(history as historiography)'という2つの意味を持っている。 前者が客観的意味の歴史だとすれば、後者は主観的意味の歴史と言える。
事実としての歴史は数多くの歴史事実の集合体だが、記録としての歴史は、過去の事実をもとに歴史家が主観的に再構成することなので必然的に歴史家の価値観とのような主観的要素が介入されるようになる。 そのため、その場合、歴史という言葉は記録された資料または歴史書と同じ意味になる。

そんなことに、ただ中国歴史の中で百姓のためによいことをたくさんしたとされた堯と同じ時期に古朝鮮が建国されたと主張する'記録としての歴史'は、韓国が中国と対等な時期に建国された悠久の歴史を持った民族ということを示すことで、民族の偉大性を示そうとする認識が反映されたものに過ぎないことができる。

開天節が、紀元前2333年ではないとして建国記念日の意味が消えないはずだ。 しかし、私たちが知っている歴史認識の間違いだけは正さなければならないだろう。


(翻訳:みそっち)



韓国では5千年っていうのがどんな時でも出てくるわけですが、5千年っていうのが盛りすぎだという異端な意見もあるのです。
そんな説も朝鮮時代にはあまり議論されていなくて朝鮮時代のはじめころに継ぎ接ぎされて書き表されたものが韓国では正史として扱われているわけです。
これとおなじような歴史書の創作というものが近年にも行われているというのが韓国と北朝鮮なのですね。
韓国軍が朝鮮戦争で大活躍したというフィクションはほんの50年くらい前に主張され始めたデタラメなのですがこれは実際に韓国軍の指揮統制権をもっていたアメリカ軍の記録に無いわけで、そのへんが超時空戦記みたいなハナシになっていたりするんです。そのころのひとっていうのがまだ生きていますがかれらも一様に”そうだった”ように言葉を変えたりするので信じちゃうひともいたりしているのがアレですね。

そいじゃ韓国の言っていることはインチキなのかというと、それを言っちゃうとニホンの天皇っていうのもあやしいということになるのではっきりと言わないのがオトナの対応ということにしておきましょう





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