minaQのつぶやき 네토미나

嫌韓(いやかん)ってホントはどうなの?

まだ8割が許可される姓・本貫の変更申請


'苗字'簡単に変えることにわずかに制止が増えた

ㆍ'暴君だった父親の名前を消したくて'訴訟…'社会生活の混乱'請求棄却
最高裁"不利益も考慮しなければならない"…5年間で許可率4%P下がって


イメージ 1[くらしのミーナ]今年30代後半の女性のソン某氏は最近、裁判所に自分の姓(姓)と本貫を母のようなものに変更してほしいと訴訟を起こした。

配偶者や2人の子供までいた彼女が名前を変えると乗り出した理由は子供時代の良くない記憶のためだ。 申請書に彼女は、"幼い頃父からもらった暴言と暴力でうつ病ができた"、"父の姓を使用し続けると激しいストレスを受けそうだ"と書いた。
お母さんはもう10年余り前、実父と離婚した状態だった。 遅ればせながら母の姓に改めるのが自分の幸せのための道だとソン氏は主張した。

しかし、ソウル家庭裁判所は彼女の請求を最近棄却した。 裁判所は"既に配偶者と子女を置いた苗字は、長い間築いてきた社会的関係があるだろう"であり、"姓・本貫の変更は、姓の家庭や社会生活に混乱を与えかねない"と判断した。
また、裁判所は姓・本貫を変更するとしてお父さんに対する感情が解消されると見にくく、実の姉妹たちは姓を変更する意思がないため、姉妹の絆が低下する可能性があるという点も根拠に挙げた。

姓・本貫の変更が可能になったのは、戸主制が廃止された後の新しい民法が施行された2008年1月からだ。 施行の初年度には1万4269件を申請して88%である1万2582人が許可を受けた。 最高裁判所は、翌年の2009年に"犯罪を隠ぺい・法令回避などの目的がない限り、原則的に姓・本貫の変更は許可しなければならない"と判決した。 これ以後、特別な事由がなければ変更申請は受け入れられた。

しかし時間が経つと裁判所は慎重になった。 2010年87.3%だった姓・本貫変更許可率は2011年86.5%に下落したが、2012年小幅上昇した、2013年84.9%、2014年83.1%へと再び低下した。

大邱(テグ)では新しい夫と同居してから8ヵ月しか経っていない女性が子女の名字を変えたいと申請したが棄却された。 新しいお父さんと子どもの親密度を断定するのは難しく、将来に子供の養育者が再び変更される可能性も排除できないと裁判所は判断した。
もしこのように養育者が変わった後、再び子供の姓を直せば、子供のアイデンティティはあまりにも混乱するようになるということだった。

2014年、大田(テジョン)では成人の子女の姓と本貫を変更しようとした女性が裁判所の制止を受けた。 実の父親との関係を断絶しようとするのが理由だった。 裁判所は親の葛藤を子女に対してものせて親子関係の復元可能性まで切ることは倫理に反するとした。

最高裁判所も最近、姓・本貫変更の許可について、従来よりも厳格な基準を新たに示している。 最高裁判所は"当事者の意思だけでなく、これによる不利益も考慮し、慎重に判断しなければならない。 当事者の意思のみに着目して請求を引用するのは誤り"とした。 家事専門イ・ヒョンゴン弁護士は"姓・本貫変更制度の副作用が明らかになり、裁判所が慎重になったものとみられる"と説明した。


(翻訳:みそっち)



戸籍制度があるのは現在ではニホンぐらいしかないのですが、韓国にも2008年まで戸籍制度は存在していました。

その戸籍ですが、半島全土が戦火で混乱したこともあって自己申告制や証言してくれる人がいれば戸籍を復活することが簡単にできるというのがそれまでの韓国の戸籍制度でした。ですから”赤い腕章をしたニホンの憲兵に強制連行された慰安婦のおばあさん”というひとが”昔住んでいた”という村の記録にそのおばあさんを記録した名前がなかったり、同学年であっただろう当時の同級生というひとにくまなく聞いてみてもおばあさんを覚えているひとがひとりもいなくても”任意の戸籍復活”という方法で、”おばあさんはそこに住んでいた人”ということが公に証明することができると考える韓国人がいるためまったくの別人になりすますことが極めて簡単だったということがあります。

戦争で村人が逃げた無人の村に集団で居座り、帰ってきた村人を”共産主義者の協力者”だったとして処刑しちゃうなんてことが日常的に行われてきたのです。ソウルはたびたび占領されていますが、避難民がソウルに戻ってみると全くの別人が数日の差で既に住んでいたりするわけです、遅れて帰ってきたひとは”共産主義者の協力者”にされてみたりして埋められちゃうのですね。

そういうことについて近所のひとは何も言わないのかなというと、自分自身にも似たような過去があったりするのであまり問題視しないのだそうです。そうした隣人との希薄な関係が、自分と他人であり、こっち側とあっち側の違いだったりするという内部葛藤の原動力になっているのが半島の今の姿ですね。


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