minaQのつぶやき 네토미나

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釜山海上ホテル顛末記

2003年、台風メイミー(2003年台風14号)

2003年9月6日15時にマリアナ諸島付近で発生した台風第14号は北西方向へ進んだ。当初は発達が鈍かったが、9日頃から急発達し、10日21時には、宮古島の南東海上で中心付近の最大風速55m/s、中心気圧910hPaで最盛期を迎えた。

台風は、時速10kmの速さで北西に進み、11日5時前に宮古島を通過、その後東シナ海に進み、韓国の済州島に接近した後朝鮮半島に上陸。慶尚南道慶尚北道を縦断。日本海に抜けた後、13日には北海道に接近し、14日朝に温帯低気圧に変わった。


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韓国では死者・行方不明者が100名を超え、被害総額が1兆5千億ウォンを超える大惨事となった。 釜山港ではコンテナを運ぶガントリークレーンが数十基横倒しになり、釜山アジアード主競技場の屋根にも穴が開いた。

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海上ホテル、苦難の開業から4ヶ月で転覆

瞬間風速50mを超える韓国史上、最大の台風"メイミー"こと台風14号は、釜山・慶尚道を含む、朝鮮半島南部に大きな被害をもたらした。 死者・行方不明者などの人命被害は115名を数えた。海雲台の船上ホテルが沈没した写真も日本の新聞などで目にした方もいるだろう。

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海上観光ホテル ”フェリスフローテル” は、5,500t級の船舶(ロシアから購入した中古船)に総事業費3百38億ウォンをかけて客室53個各種付帯施設を設置、2002年7月にオープンした。 

土地造成費用が不要で、建設許可も要らない。動く船ではないので船舶登録税や運航に必要な保険加入も必要無い。電力や水は地上から供給するし、提供する食事は配送してもらうのだ。またゴミや汚水の処理も垂れ流ししても関連法規に引っ掛からない。

まさに良いことずくめの海上ホテル計画だったがオープンしてからもすんなりと開業できたわけではない。新たに登場してきた共有水面占用料が大きな足かせとなったのだ。

2003年5月より通年営業の許可が出て、その年の9月に転覆した。



フェリスフローテル(旧アレキサンダー・スヴォロフ)

1980年ドイツのボイツェンブルグ(ハンブルクの少し上流になる)のエルベウェルト造船所で河川船として完成、まもなくロシアに売却されボルガ河でアレクサンダースヴォロフの名で引き渡され同年アムール海運会社に譲渡される。
船名が幾度か変わりながら所有者も転々とする。
1992年、極東に曳航、船名をウラジオストクに改名 海上ホテルとして係留された。1995年、韓国の業者が買い取り釜山まで曳航。


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進水式の様子(横滑り式は割と普通らしい)



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▲船名「GDRの30年」時代のようす 河川就航船である。


完成時は4階デッキ仕様だったものが、韓国にやってくると増築工事を受けて5階建て構造となる。海上ホテル船には一般の旅客船などのような船舶検査が無いため復元力などが考慮されなかった)

船体の重さが7800tとなり喫水が深くなると艦底のバラスト水を減らして水上部分を確保した(ここまでの経緯がセヲル号と全く一緒だぁ)

海上ホテル船でもバラスト水の機能は残してある



釜山到着


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▲塗りなおされて釜山海雲台までやってきた増築後のようす

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▲台風到来に転覆


フェリスフローテル(Ferris Flotel)

釜山海雲台沖に位置する国内初の水上ホテルで涼しい海風と広々とした眺望が利点である。
7千8百トンクラス、ロシア豪華クルーズを改造して作ったこの観光ホテルにはダイヤモンドホール、プラチナホール、アクアマリンホール、サファイアホール、エメラルドホール、スイートルームを含む53室の客室と、様々な付帯施設が揃っている。
[1階]カラオケVeluni、ルームサロンPije、ロックカフェVivid 
[2階]コーヒーショップMir、ベーカリーBlueMoon、ジャズバーIB、ショッピングモール
[3階]ファミリーレストランPoseidon、部屋
[5階]シーフードレストランSapore、ワインバーBelino 、部屋
[6階]キャラクターショップLulu、和食三味線、ウエディングホールWhite Palace 
[7階]屋外海水温泉サウナCeo、船上宴会場Seawhite

いつから豪華クルーズなんだ


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▲営業中の写真がほとんどない 増築された5階部分がよくわかる写真



海上ホテルの運営会社には金がない

船舶の引き揚げだけで約3億ウォンの費用が予想されているが,運営会社のD海上観光ホテル(株)が100億ウォン以上の負債で資金難に苦しみ、復旧が遅れ,釜山市と海雲台区庁など関係当局が気を揉んでいる。 

民間企業の私有物の復旧に予算支援ができないが、復旧がいつまでも遅延した場合,APEC誘致問題や観光特区の海雲台に及ぼす悪影響も無視できないためだ。 釜山市関係者は"設備を投資して復旧することもできず,無条件に復旧を待っているわけにもいかない"とし"最近,運営会社が引き揚げ契約を再び結んで復旧に乗り出しており,現在は見守る以外にはこれといった代案がない"と述べた。

※2005年にAPEC首脳会議が釜山で開かれている、会場となったのは転覆現場のすぐ向こう側の椿島

D海上観光ホテルは、前月引き揚げ用役会社のエーステクナリッジ(株)と契約を結び,本格的な船舶の引き揚げと復旧作業に乗り出したが海上天気の不順と引き揚げ業者の作業日程のため工事が中断された。 これに対し、工事に再開するかどうかをめぐり、一部では先月のAPEC調査団現地調査を前にして繰り広げた"びっくりショー" という議論まで提起された。



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㈜南東海上観光ホテルは釜山市から1999年の海上観光ホテル事業承認を受けて、2002年7月、海雲台区に観光事業者登録を終えた後、国内初のクルーズ船改造海上観光ホテルの5千500トン級「フェリスフローテル」で海上観光ホテル事業を開始したが、2003年の台風「メミ」で船舶が座礁した。2005年APEC開催(釜山)を控えて座礁された船舶は撤去された。


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2004年9月、転覆から1年ぶりに作業が始まる


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海上観光ホテル ”フェリスフローテル” は浮上されたが、幾度かの計画変更の末に、結局解体されることになる。
同じ場所に海上ホテルを建設する案まで出てきたが、海外での成功例はあっても韓国国内には現在まで海上ホテルはひとつもない。


船体だけが残った状態でスクラップとして移動中に行方不明になったことがある。
鉄くずブローカーによる詐欺の手口で第三者に売り渡されたのだ。

発見された船体は近くの解体場ですぐに見つかり「台風の被害を避けるために移動した」という供述でブローカーは無罪になった。(まもなく別件で逮捕拘束された)






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ニダ