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澗松美術館金銅仏像は流札

 

 

オークションに出てきた宝物... 澗松美術館贋作仏像

学界で一度もきちんと研究したことなく 発見出土の経緯も全く不明
日帝文化財保護をすり抜けた高麗時代の金銅如来 澗松美術館は贋作の宝庫

 

 

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[話題のミーナ]澗松美術館が相続税と財政難に耐えられず、美術品オークション市場に出した新羅仏像と関連した議論が続き、一部では贋作疑惑まで提起されている。これに対し、真贋議論などもってのほかであり、澗松美術館創始者、全鎣弼(ジョン・ヒョンピル1906〜1962)が日本植民地時代の文化財略奪を防ぐために全財産をはたいて購入した国宝と宝物を貶めてはならないという韓国人的な声も高い。

 

▲宝物第284号金銅如来立像と宝物第285号金銅菩薩立像。本体と台座が6mmのボルト・ナットで固定されているという専門家の指摘もあり、X線透視調査が必要だとされたが、個人蔵のため手がつけられないでいる。  左:高さ38.2㎝

 

 

ホントに全財産をはたいて購入したのか? 日帝はなぜこれを発見できなかったのか

宝物第284号金銅如来立像(金銅如來立像)と宝物第285号金銅菩薩立像(金銅菩薩立像)は1963年1月に突然、宝物に認定された。それまでの発見や保存の経緯は全く不明で、総督府の美術収集資料にもその存在は一切記されていない。しかし韓国人のファンタジーにありがちな「ニホンに収奪されたものを買い戻したなど」という与太話には事欠かないのが現実だ。

さて、そのころの時代背景を見てみよう。1963年に、朴正煕はまだ大統領に就任していない。彼は国家再建最高会議議長ではあったが、大統領はそのころ李承晩のあとに2人変わっている。政界工作には金が掛かる、その金作りのために利用された、澗松 全鎣弼(ジョン・ヒョンピル)は数々の贋作をこの世に送り出している。

 

それにお墨付きを付けたのがこの混乱期の権力者たちであった。

ニホンにはたくさんあるのに韓国にほとんど残っていなかった仏教美術品をどこかから持ってきて即席で認定することで「ホントはスゴイ韓国」なんてものを作ろうとしたのかもしれない。

 

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 個人蔵だから学術的調査は受けない、でも1963年に宝物認定されたのだから

それぞれ15億ウォンで出品される澗松美術館仏像は宝物第284号金銅如来立像(金銅如來立像)と宝物第285号金銅菩薩立像(金銅菩薩立像)は27日午後4時から、ソウル市江南区新沙洞 Kオークション本社で開かれた5月のオークションに出品されたが、両方とも新しい所有者を見つけることができなかった。

 

1938年に設立された澗松美術館コレクションが正式に美術品のオークションに出てきたのは今回が初めてだ。これまで澗松美術館が年間2回の展示をするなど閉鎖的に運営されて学界の研究者が二つの宝物をしっかり評価する機会がなかった。したがって学界の一部では作品真偽を確認する必要があるという主張も提起された。

最近のSNS界隈では1990年代後半に元老学者が宝物第285号金銅菩薩立像の偽作説を提起し、今ではほとんどの韓国美術史と仏教美術史から抜けた状態」という美術の専門家文が話題になってている。

1963年宝物に指定されたので、最近の鑑定技術で成分分析などをした後、価格を策定しなければならないという主張も出ている。

これに対してケイオークションは「国が既に真偽を確認して宝物に指定された文化財だ。いくつかの内部の議論や専門家の意見を総合し、価格を決定した。ただし、オークション当日には、よりが変更される余地がある」と一蹴した。

 

チェ・ウンチョン東国美術史学科教授も「宝物は価格が決まっているわけではなく贋作議論は性急である。1960年代当時、政府からの宝物の価値がある評価を受けた。澗松先生の慧眼に優れていただけでなく、周囲の専門家と古美術同人会議の徹底した検証を受けて購入した宝物である」と述べた。 ※そのような事実は無い

 

 
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一部からは、宝物が国家機関ではなく、個人に渡ることの懸念も少なくない。個人所蔵家が落札される場合恒温・恒湿などの博物館レベルの保存技術で仏像を守るのが容易ではないからである。

最も理想的な落札者は、国立中央博物館や文化財庁などである。しかし、国立中央博物館の文化財購入年間予算はたった40億ウォンで、今回のオークションに30億ウォン以上を注ぐのが容易ではない。文化財庁の関係者は、「国が買うなら、中央博物館が主導的にしなければならない。国立中央博物館が購入に関連し協議をしたい場合は応じる」と述べた。

 

一部からは公共性の問題が提起されているが、国指定文化財であっても私有財産であれば売買することができる。ただし国外搬出は文化財保護法によって禁止されている。つまりこれが贋作であれば金を受け取る澗松美術館は丸儲けであり、そこからキャッシュバックを受ける仲介者もウハウハなのである。

 

澗松美術文化財団は、最近、「国税庁文化財庁をはじめとする様々な機関と個人の配慮と支援を受けたコレクションを売却せざるを得なかった」とし「必然的に所蔵している仏教関連遺物を売却し、これまで澗松美術館を象徴してきた書画や陶磁器、そして完全というの中心軸にさらに集中しようとしている」と述べた。澗松美術館は美術館収蔵庫と大邱分館新築など国費と地方費など約48億ウォンの支援を受けている。

チェ教授は「澗松コレクションを3代まで守ってきただけでもすごい。宗教の立場では、仏教美術品だけ出すことに対する批判があるが、澗松が絵画と陶器の収集を始め、一貫性を保つための苦肉の策だろう」と述べた。

 

(ソウル/みそっち)
 

 

 

贋作を作るための専用のアトリエまであったと言われる澗松美術館です。もちろんそこにあるものはわずかな例外があったとしてもほとんどすべては後世の贋作と言っていいでしょう。日帝時代にはニホン人蒐集家に古美術品を売りつけるために贋作を作り、そのために何度も捕まったジョン・ヒョンピルは、売れ残った品を「ニホンの収奪から苦心の末に買い取った」という供述までしています。

※朝鮮の古美術品を収奪する日帝官警の妨害を受けた vs 偽物を売って捕まった 正解

 

そして政権の混乱した時期には自身の贋作コレクションに箔をつけるために文化財として宝物認定を受けます。しかもその頃には真贋鑑定を自分のところでするようになりました。自分で作った贋作に自分のとこで由緒由来をこじつけて、次々と新発見が出てきたわけですね。そうなるとほかの収蔵品(すべて贋作)までがイイ値段で取引きされるのでウハウハなわけです。

 

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▲驚くべきことはどちらもおなじ申潤福の作品であり、そのどちらもが真筆であると認定されていることだ。 

 

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日帝時代に収集・分類されたおなじみのこの作品もおなじ申潤福による作品なのである

 

 

とにかくそれらすべては日帝時代の収奪に遭うこともなく色鮮やかにどこかから突然登場してくるわけですよ。出処がそうですから美術品として海外に貸し出されるようなこともありません。うっかりX線透視なんてしちゃうとボルトとナットみたいのが出てきちゃうのです。

ニセモノ説があるので教科書にも登場しないのですね。だから子供たちはそういうものは知らないわけですが、韓国メディアは「朝鮮の古美術品を守った澗松」なんていうことを何度も何度でも特集しちゃうので、いつのまにか真贋論争なんて言い出す方がどうかしてるなんてことになっちゃうのです。

 

ニセモノで得するのは「韓国はスゴイ」という自負心なんですね。

 

 

 

 

おまけ

 

申潤福の山水画 ”山窮水尽” も模写

風俗図画帖で知られる申潤福の作品とされる山水画にそっくりさん登場
どちらも真筆を主張「真似たのはそっちだ」 まさに ”韓国型主張”

 

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大方の専門家は "二つの絵の図柄がどうして同じなのかは分からない"

ヘウォン(蕙園)申潤福(1758-不詳)の山水画である'サングンスジン(山窮水尽)'が、蔚山(ウルサン)博物館で所蔵しているといわれている玄齋沈師正(1707-1769)の'チョクジャンド(蜀棧圖)'と圖像が似ているという事実が発見された。

古美術専門ギャラリーボールアートスペース(代表コンチャンホ)が最近開いた古美術特別企画展'テクソンゴジプ'(擇善固執)に出品された申潤福(シン・ユンボク)の絵3点が'サングンスジン'の画帖にあったと紹介され、二つの絵の図柄がほぼ同じという事実を専門家たちが後で確認したのだ。

沈師正チョクジャン図は2015年3月、ソウルオークションの'第135回美術品競売'にも出た。 このチョクジャン図沈師正が世を去る1年前の1768年最後の作品で描いた長さ8mの'チョクジャン図'(澗松美術館所蔵)の一部分を変形させて作ったもので、当時の推定価格4000万~8000万ウォンに出品されたことがある。

 

 

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ひっく よよっと