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慰安婦像の首が落ちる日を待っていてくださいな

発掘好調、大田(テジョン)ゴルリョンの谷

 

現場では人骨の下から薬きょうが出てくる謎

韓国の発掘現場ってスゴイのな、もうじゃんじゃん掘り起こしちゃう
数え方は大腿骨でカウントするよ 

 

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[日曜ミーナ]大田(テジョン)ゴルリョンの谷では精力的な発掘作業が進められている。しかし石器時代などの遺跡ではない、土をどけるとそこにはおびただしい人骨が現れた。

 

彼らは発掘状況を写真で記録することも無く、土、砂利、石ころは掘り出す度に掃き集めた後、赤いゴムバケツに入れる。 バケツが半分位になると素早く空けなければならない.、バケツ運搬は「人間コンベヤーベルト」チームの仕事だ。 ※バケツリレーのことである

 

 

4、5人が1列に並んでバケツを渡せば、最後の人が穴の外の土に中身を入れて空きバケツを再び返す。 前日からソンミ山学校(ソウル麻浦区)の高校2年生と高校3年生の教師10人あまりがボランティアで仕事をしたおかげで、バケツの回転率が速かった。

 

ソンミサン(成美山)村、パク·ウォンスン(朴元淳)市長の代表する事業である「ソウル市村共同体」は、ソウル市から2015年220億ウォンの支援を受ける支援事業のシンボルだ。
ソンミ山村の一部活動家は国家保安法違反者·全教組出身の解任教師など左派寄りで構成され”従北左派養成所”で知られパク市長は2017年までに3180人の村の活動家を養成すると発表した。 ソンミ山村を主導している彼らには特徴的な共通点がある、それは彼らの前歴にある。 村の主要活動家は、国家保安法に違反したり、全国教職員労働組合(全教組)出身の解任教師など、いわゆる「左派性向の人物」ばかりである。 彼らの一部は、共同体活動を基盤に政界への進入を模索している。 『ヘラルド経済』と『未来韓国』は最近、ソンミサン村が「従北左派養成所」ではないかと主張した。

 

慌ただしいのはほかの区域も同じだ。 最も深く掘った所の深さは4m。 この区域では、頭蓋骨が多く検出された。 土とごちゃごちゃしているものの、歯並びもよくない頭蓋骨が目につく。首をわざわざ切り落としたのかもしれない

 


遺骨の出た区域では足を踏み入れることさえ控え目だ。 発掘団はうずくまったまま、彫刻家が情を交わすように大小の骨片を精巧に選び出した。 骨片は収拾されるまで一度アルミホイルで包んでその場に置く。

 

 

E区域に露出した頭蓋骨とその上、左右に無秩序に散らばった骨片は当時の虐殺方式と遺体放置を証明する。
発掘団は時間と争わなければならない。 日光に露出する時間が長くなるほど、遺骨の腐食速度が速くなるためだ。

 

発掘現場からM1、カービン、45口径拳銃の薬きょうも大量発見

遺体の間からさびた銃弾の薬きょうもたびたび発見される。 虐殺が銃殺で行われたという手がかりだ。 M1カービン、45口径拳銃の薬きょうが主である。 当時、M1は刑務所特別警備隊、警察、45口径拳銃は憲兵隊が使用した。 虐殺主体を示す証拠だ。 ※M1カービンの民生用がホーワM300である、あの金嬉老事件で使われた銃だ

 

 

遺骨は各発掘区域が表記された盆に入れられ、洗浄場に運ばれる。 化学薬品のにおいが鼻をつくところだ。 洗浄場では遺骨についた土、ほこり、植物の根を嬉しそうにきれいに払い落とした後、湿気を完全に取り除くために遺骨を2~3時間アセトンに浸けてから乾かす作業が行われる。

風通しの良い屋外なのに、アセトンの臭いが鼻をつき、冷たい液体に手を浸す必要があるため、洗浄作業はひときわハードだ。

このあと遺骨は一通り数が数えられると収集品保存箱で保存される、まだ70年ほどの遺骨なのにDNA鑑定など、個人を特定する作業が行われる予定は無い。掘り起こしたらそのまままとめて保管するだけである。

 

 

 

洗浄および乾燥過程を終えた遺骨は、朝鮮戦争期民間人虐殺遺骨発掘共同調査団団長の朴宣柱(パク·ソンジュ)忠北(チュンブク)大学名誉教授の作業室に移された。 

「普通、大きくて硬い太ももの骨を基準に被害者数を数えています。 昨日まで約100体の遺骨が確認されており…」と遺骨を見回していたパク団長がそう言った。

「証言者たちによると、ここで死んだ人たちを地面に寝かせて銃を撃ったというが、その証拠を探すんです。 ここの頭の後ろに銃弾の跡があるのを見ると、そのような証言が事実だったということが明らかになるのです」

左下に置かれた頭蓋骨のかけらに銃弾が貫通した痕跡が見える。 真ん中は発掘現場から出てきた未成年者の歯だ。

 

朝鮮戦争で起きた虐殺事件犠牲者の遺骨が発掘できない : 政治•社会 : hankyoreh japan


「その横に歯がありますね。 証言者たちが未成年者がここで何人か死んだそうです。 ところで証言だけあって証拠があまりありませんでした。 見てください。歯の根が完全に育っていない未成年の子供たちがここで死んだというのが事実なんです」

 

 

 

同日も3人の遺族が発掘現場の周辺を数時間歩き回った。 大田(テジョン)に住むユン·ジョンヒ氏もその中の1人だ。 ユン氏は、「当時、忠清南道論山(チュンチョンナムド·ノンサン)に住んでいた父親が、判子一つを誤って押して大田(テジョン)刑務所に連行され、永遠に帰ってくることができなかった」と話した。 身元の分からない骨片がいっぱい詰まった穴を見下ろしていたユン氏の目頭がいつの間にか赤くなる。 「ここへ来てみると、話を聞いただけで、本当にこんな事になっているとは思わなかった」

 

 

大田コルリョン谷朝鮮戦争が勃発した直後の1950年6月末から1951年初めまで大田刑務所の収監者と地域住民など最大7千人が虐殺された場所である。これはニホンが統治していた35年間の韓国人受刑者よりも多い人数だ。

当時、李承晩政府はただ「敵と疑われる人」という理由で数千人の民間人を法的手続きなしに集団虐殺した後、放置した。 当時、大田刑務所には済州4・3事件と麗水・順天事件の関係者、南労党員、国民保導連盟の関係者らが多く収監されていた。

 

加害者は忠清南道(チュンチョンナムド)地区防諜隊(CIC)、第2師団憲兵隊、地域警察などで、ゴルリョン谷1キロにわたる計8区域で虐殺を行ったものと推定される。 骨嶺谷が「世界で最も長い墓」と呼ばれる理由だ。

 

(ソウル/みそっち)
 

 

というわけで、虐殺があったから骨を掘り起こしているけど、遺族とかは関係ないですね。なにしろあちこちで100万人以上が殺されていますからいちいち特定するのは別のハナシなのです。

これはある意味では手を挙げた順に遺族になれるので、いくつかの虐殺被害者のなかには日帝に強制連行されて殺されたと主張するひとが複数含まれています。まぁ掛け持ちしてるんですよ。

そして、遺骨にとりすがり泣きわめく人を被害者に見立てて、朝鮮戦争後に生まれたハルモニが朝鮮戦争初期に殺された父親の遺骨と涙のご対面なんてことをやっているビジネスなんですね。

 

目的はもちろん補償を受けるためです。それ以外にはありません。ですから父親の遺骨なんて言っても引き取ることはしません。

そして立場のある人が「どこどこで100人分の人骨を発見した」と言えば骨はそれっきり倉庫にしまい込まれるし、発掘された骨のDNA鑑定もしません、もちろん発掘の状況も記録しません。

 

やがて毎週光化門広場までお弁当付きで招待されて、日当を貰って帰ってくる式のサイクルが出来上がっているというわけです。そのお金はもちろん被害者団体が受け取り分配していますが、元々は韓国政府が間接的に支給しています。ですから彼らにとって事件の解決は最も望まないことになっています。

 

 

 

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もうすごいんだから