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朝鮮式の葬儀文化ってどうなの?

 

韓国の葬儀文化がいまさら蘇ってきている

死んでも親族が出てこない、みんなで弔うしかない韓国の孤独死事情..
1年に無縁故者の死者1008人、鍾路の「長屋村」「小さな葬儀」の意味

 

 

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[暮らしのミーナ]彼の年齢24歳。 彼の住所地は龍山区で、彼が住んでいた所は鍾路区だった。 そして彼は恩平区で死亡した。 安宿で苦労して暮らしていたキム某さんが8日、ソウル西部病院で亡くなった。 その最後の瞬間を共にした家族は誰もいなかった。 (原文


しかし、彼が離れる道は寂しくなかった。 追悼の辞が流れ、安宿街の隣の住民など100人余りが彼の最後の道を見送ったという。 素朴だが特別な葬儀だった。 喪主は家族ではなかった。 葬式の場所もまた病院ではなかった。 21日午前11時、鍾路区敦義洞の愛の憩いの場教育館で「小さな葬儀・敦義洞住民追悼式」が行われた。

 

葬式の喪主は両団体が引き受けた。 病院から火葬場に向かうところだった無縁故者の故キム某さんの最後の道のため、敦義洞の愛の憩いの場(所長イ・ファスン、以下「愛の憩いの場」)とソウルハンギョレドゥレ協同組合(理事長キム・サンヒョン、下の「ハンギョレドゥレ」)が力を合わせた。 
ハンギョレ:一つの 同胞という 意味、ハンギョレドゥレで一つの同胞組織みたいな意味になる ハンギョレだけでは韓国の新聞にも似た名前がある

 

この特別な「小さな葬儀」に対する住民の反応は良かったという。 葬式を終え、楽園商店街近くの素麺屋で麺類のもてなしもしたという。

 

 21일 종로구 돈의동 사랑의 쉼터 교육관에서 열린 '작은 장례 : 돈의동 주민 추모식'에 참가한 이웃 주민

 

「小さな葬儀」とは、病院や専門葬儀場ではない住民が居住していた場所で、近所の人々と行う葬儀のことだ。 愛の憩いの場とハンギョレドゥレが一緒に進行している。

キム・ギョンファンハンギョレドゥレ理事は「鍾路区敦義洞(ドニドン)の安宿などに700人余りが住んでいるが、無縁故者が多く、普通区役所を通じてすぐに遺体処理されるため、すぐ隣に住んでいた隣人が死亡しても弔問する機会がない」とし「そんな機会を設けたことに最も大きな意味がある」と説明した。


イ・ファスン「愛の憩いの場」所長も「無縁故の死の場合、葬儀さえ行えないまますぐ火葬場に向かうが、こうした非人間的な慣行を変えなければならない」とし「今日の小さな葬儀がその出発点になることを願う」という願いを伝えたという。

 

無縁故死亡者、一年に1千8人… 韓国社会に投げかけるメッセージ

実際、非人間的な「終わり」は毎年増加傾向にある。 昨年保健福祉部が国会に提出した「無縁故者死亡者現況」によると、2014年の無縁故者は初めて1千人(1千8人)を超えた。 11年682人、12年719人、13年878人、毎年増加している状況だ。
先に紹介したキム某氏のような年齢層の孤独死が急増しているという点も目を引く。 保健福祉部の統計によると、14年の無縁故者の場合、50歳未満が187人と、13年(117人)に比べ59.8%も増加したことが分かった。

 

無縁の死者が年々増加し、最近5年間では1万人を超えている。
保健福祉部の資料によると、過去5年間の無縁故死亡者数は9330人だった。2019年上半期(1362人)まで合わせるとす1万692人に達している。

無縁の死者は居住地、路上、病院などで死亡したが、遺族がないか、遺族が遺体引き取りを拒否して死亡した地域の地方自治体が遺体を処理する死である。

 

 キル・ヘヨン韓国遺品整理士協会会長は<KBSニュース>のインタビューに「協会の基準では孤独死40%近くが50代、その次が40代だった」とし「毎年10%以上ずつ増えているようだ」と述べた。
やはり同じニュースでソン・ヨンシンシニア希望共同体代表は「65歳以上の老人に対してはある程度安全網が作動しており、女性のための社会福祉サービスも体系化されている」とし「男性中年層が死角地帯」と述べた。

中高年層の寂しい死が増える理由、彼らのための体系的な福祉システムが十分に構築されなかったためだという説明だ。

 

この日、小さな葬儀を共同主管したキム・ソンマン愛の憩いの場チーム長はハンギョレトゥレを通じて「故人キム某さんは建設日雇い労働者として働きながら真面目に暮したが、家庭が解体した後、ドヤ街に入居した」とし「また家庭を回復したかったが、結局一人で去ってしまった」と残念さを伝えた。

 

「死への接し方がその社会水準を反映」

 「横向きに寝て寝る狭い寝床は、隣の人が37℃の熱の塊だけを感じるようにさせます。 これは隣の人の体温で寒さを勝ち抜いていく冬の原始的な友情とは正反対の刑罰です。 自分の一番近くにいる人を憎むという事実、自分の一番近くにいる人から嫌われるという事実はとても不幸なことです。 さらに、その憎しみの原因が自分の故意によるものではなく、自分の存在そのもののためだという事実は、その不幸を非常に絶望的なものにします」(シン・ヨンボク先生「監獄からの思索」より)

もちろん監獄とは違うだろうが、ドヤ街も一番近くにいる人を憎む確率が高い環境を持っている。 キム·ギョンファン理事は「防音施設などがきちんとあるはずがなく、お互いにぶつかったり憎んだりする場合が多いもの」とし「にもかかわらず今日葬式に来た長屋町の住民たちが多いのは、彼らが最も恐れているのが生きている寂しさだから」と話した。

キム理事は「今日、葬儀に出席した住民たちが「こんなに葬儀を行うなんてありえない」、「私が死んでも隣人たちが少なくともこのように簡素に葬儀をしてくれるだろうか」と思ったはずだ」とし「本人の問題のように思ったはずだ。 一種の安堵感を持てるようになっただろう」と付け加えた。 「小さな葬儀」が「自分の存在自体を不幸に思いがちな人々」の生き方に変化を与えかねないことを示唆する言葉だ。

キム・サンヒョン「ハンギョレドゥレ」理事長は「死に対する方式がその社会の水準をそのまま反映する」とし「これまで死でさえ差別を受けて疎外されてきた方々の追慕式が小さな慰めになればと思う」と話した。 またキム理事長は「最もみすぼらしくてしがない人々の葬儀を最も盛大に行う社会が良い社会」と強調した。 
ハンギョレドゥレ」と「愛の憩いの場」の両団体は今後も無縁故者や基礎生活受給者など低所得層住民を対象にした「小さな葬儀」を鍾路区全域に拡大していく計画だ。
 「小さな葬儀」とは、病院や専門葬儀場ではない住民が居住していた場所で、近所の人々と行う葬儀のこと。

 

「小さな葬儀」とは、病院や葬儀専門の場所ではなく、住民が暮らしていた場所で、近所の人々と行う葬儀のこと。両団体は葬祭専門協同組合加盟団体として組合員3千人規模でお金を受け取って1500以上の葬式進行をプロデュースしている。

 

(ソウル/みそっち)

  


 

 

 

あれれっ? 死んだら背負って埋めに行くのが朝鮮の美徳じゃなかったの?

 

▲1951年と伝えられる葬式のようす ベレー帽なのは国連軍のベルギー軍。

 

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▲もう少し古い朝鮮式の葬列のようす 埋めに行く先には廟があるような葬式がこれである。

 

言うまでもなく、朝鮮人のすべてがこのような葬列みたいなことをやっていたわけではなく、せいぜい年に1回あるかどうかの大型葬は一部の支配層に限って行われた。

しかも日を選ぶので、死んでから埋めるまでに夏場でも1ヶ月~1ヶ月半以上かかるのが普通だった。一般人の葬儀は背負っていく式で簡素だった。

 

 

 

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おにころはもうやめて~