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嫌韓(いやかん)ってホントはどうなの?

天安艦 事故座標と水柱と実際救助場所の愉快な食い違い

天安艦事故発生時には爆発にによる水柱は観測されなかったことが明らかになっています、でも国防部・合同調査団による韓国国防部作成の“天安艦爆沈事実白書”には堂々と 水柱を見た兵隊さんの話が出てくるし、天安艦の洋上見張り員の頬に水滴が飛んできた? っていう事だけをしゃぁしゃぁと文書化するという国技発動な状況ですね、水柱が観測されたのではなく、キタ朝鮮潜水艦襲撃だったら水柱があるのが当然である という韓国型理論で作り上げられたアノ国の恥ずかしい主張のところをもう一度まとめてみたいと思います。
 
 
“水柱、観測装備にも観測不可能だった”
<単独>ペクリョン島哨兵自筆陳述書入手   
 
2010年06月22日天安(チョナン)艦特別取材チーム
<統一ニュース>は去る5月20日天安(チョナン)艦民軍合同調査団の調査結果発表にもかかわらず、数多くの疑惑が提起されている点に注目、真実糾明のため'天安(チョナン)艦特別取材チーム'を構成、運営する。 合わせて<統一ニュース>の'天安(チョナン)艦特別取材チーム'はその目的が真実糾明にあるだけに軍事機密保護に最善を尽くそうと諮問弁護士の法律的自問を経て記事を載せていることを明らかにする。 /編集者 注
 
見なかった証言と見たとされる記録
天安(チョナン)艦事故当時ペクリョン島000警戒所で警戒勤務を立った哨兵が‘水柱’を見られなかったし見ることもできない状況だったと一貫して述べただけでなく直接描いた絵にも水柱の姿はないと確認された。
したがって5月20日天安(チョナン)艦民軍合同調査団(以下合調団)が‘水柱’が存在したと提示した最も重要な根拠が崩れるものと見られる。
また、当初知らされたことと違い天安(チョナン)艦事故直後の26日午後9時(21時) 30分頃から海軍艦艇3隻が事故現場に到着して救助活動を展開したことが確認されて、合調団が発表した9時56分科20分余りの差があることが明らかになって疑惑が加えられた。
<統一ニュース>が入手したペクリョン島海兵000警戒所哨兵勤務者A哨兵の3月28日付自筆陳述書とB哨兵の4月2日、4月4日付自筆陳述書には“水柱は見ることができなかった”と明記されている。
外で直接‘裸眼’で状況を観測したB哨兵は4月2日付最初の陳述書で“水柱は見ることができなかった”と明確に明らかにしたし、4月4日付二番目陳述書では“水柱など違うものを見たかと尋ねる人はいたが水柱など違うものを見ることができなかったと言った”と明確に再確認した。
また、彼は“日が暗かったし視程が良くなくて(閃光)以外に浮遊物、水柱、哨戒艦を目撃できなかった”と述べたし、A哨兵は“その日海霧が激しくて視程が500m以下なので00000(観測装備)で観測が不可能だった”と述べた。
したがってA,B哨兵全部事故当時100m高さの水柱を観測した可能性はないものと見られる。
しかし天安(チョナン)艦民軍合同調査団は去る5月20日調査結果を発表しながら水柱に対する質問を受けて“最初にはペクリョン島哨兵が海上で高さ100m、幅20~30mの白い閃光柱を発見したと述べたこと”を水柱が存在したという4種類根拠中一番前に前に出したことがある。
参考で合調団が提示した哨兵陳述に登場する‘哨兵’は<統一ニュース>が確保した自筆陳述書を作成した哨兵と一致する。
一方これらは‘ドン’という爆発音を聞いたし、白色閃光を目撃して“雷や落雷で推定して報告した”と一致するように述べた。
A哨兵は“勤務を遂行している間21:23分に落雷音と似た声を聞いて‘どしんと’声とともに白いあかりが000警戒所基準方位角000° 4km地点に見えた”と述べた。
 
http://www.tongilnews.com/news/photo/201006/90731_21451_957.jpg
▲ B哨兵が自筆で描いた絵にも水柱はなくて、一番最後に"水柱は見ることができませんでした"と明確に使っている。[写真-統一ニュース]
 
国防部発表と食い違う救助活動開始時間
救助艦艇が初めて到着した見解も哨兵らの自筆陳述書には合調団の発表よりはるかに早い時刻だと確認されて20分余りの間の初期グジョウシ間に成り立った何かを合調団が隠そうとするのではないのかという疑惑が提起される。
A哨兵は“その後21:30分頃000警戒所基準方位角000° 2km地点で海軍艦艇3隻がきて救助した”として“海岸探照灯で000警戒所近所海岸を海軍らがこちらにこれるように照らしたし、生存者があるんじゃないだろうかと探照灯をずっと照らした”と述べたし、以後にもずっと海軍艦が到着して救助作業に参加したと書いた。
事故時刻が哨兵らの時計を基準として9時23分(21:23)だったから9時30分に海軍艦艇3隻が“きて救助した”面合調団が去る4月7日記者会見で“(9時) 56分高速艇編隊3隻現場到着人命救助開始”という発表と時間上27分程度差が発生する。
 
時速20kmで移動する事故現場
もちろん哨兵の陳述が概略的なので9時30分頃から海軍艦艇3隻が移動を始めて9時56分頃事故現場に到着したと解釈することもできるが、哨兵が観測した方位角と距離を勘案すれば高速艇が全速力で(普通30-40ノット、時速60km水準)事故地点に到着した場合、9時30分頃に到着したと見ることが妥当だろう。
B哨兵は“救助当時には小型船舶3隻と哨戒艦程度で推定される大きい船舶が海上で引き続き移動して動くのを見た”として“船舶らが大きく散らないで近い距離にあった”と述べた。
哨兵らの初期自筆陳述書に“水柱は見ることができなかった”という明白な陳述にもかかわらず、哨兵らが“高さ100m、幅20~30mの白い閃光柱”を目撃したと提示した点は合調団が‘北朝鮮魚雷説’に継ぎ合わせるために哨兵らの陳述をわい曲しているという疑惑を買うに値する。
参考で前日(21日)国会国防委で国防長官出身のキム・ジャンス ハンナラ党議員が束草艦艦長への監査院監査当時、偽証工作があったと暴露するとすぐにキム・テヨン国防長官が事実上これを認めた。
<聯合ニュース>によればキム議員が“監査官が‘TOD(熱像感知装置)で半潜水艇が撮影された。 他の人が確認したことによれば20人の工作員がいるのも確認された。 鳥群れでなく半潜水艇だった’として返事の翻意を誘導したと聞いた”と突きつけるとすぐにキム長官は“束草(ソクチョ)艦長を呼んで2時間の間話を聞いてみたが、事実のもので知っている。 偽証誘導形態を取ったと見る”と認めた。
将校の束草艦艦長も自身の陳述を翻意しなければならない状況に置かれているという点を考慮する時、一般兵員の哨兵らが自身の最初陳述を外圧によって翻意したかの可否を確認しなければならない必要があるという指摘だ。
※ここで出てくるのが将校ゎウソをつかないけどやっぱり兵隊は信用できないという韓国型事情。

 
 
合調団"状況上水柱あったことで判断した"

2010年06月22日天安(チョナン)艦特別取材チーム
22日<統一ニュース>のペクリョン島哨兵自筆陳述書報道と関連して‘天安(チョナン)艦民軍合同調査団’(以下合調団)広報関係者はこの日午後“全般的な状況を見回さなかった誤った記事”と反論した。
 
この当局者は<統一ニュース>との電話通話で“私たちはファクト(事実)をそのまま発表した。 哨兵は水柱を見たという話をしなかったし、白色閃光を見たといった。 私たちが左舷見張り員の顔に水滴が飛んだこと、天安(チョナン)艦・甲板に水が溜まって足首が陥ったこと、爆薬残滓らが船体全般で検出されたこういう全てのものを考慮した時情況上水柱があったことで判断したと発表した”と説明した。
※爆薬残滓? 爆発の痕跡は無かったからバブルジェット爆発と主張したことを忘れている韓国脳! 検出された火薬成分は200ナノグラム(10億分の1グラム)
 
とにかく爆発したら水柱は付き物ニダ
合調団も‘哨兵が水柱を見た’で発表したことはなくて、5月20日調査結果発表時‘水柱’の根拠に提示した4種類事項を総合して‘水柱’で‘判断’おりたとのこと。
調査結果発表記者会見当時合調団のイ・ギボン爆発類型分科長は“天安(チョナン)艦沈没事件時に水柱発生したことに対する根拠は次のような四種類がある”としながら“最初にはペクリョン島哨兵が海上で高さ100m、幅20~30mの白い閃光柱を発見したと述べたのだ”と発表したことがあるにもかかわらず、哨兵が'水柱'を見たことで発表しはしなかったが'白い閃光柱'を事実上水柱と認定した調査結果発表であった計算だ。
引き続き‘哨兵自筆陳述書に明記されているように視程が500m程度外にならない状況で閃光ならば分からないが4-5km前方の水柱が目測されることができるか’という常識的な質問に彼は“実際距離は2.5km”と正した後“私たちも疑わしくて二度嘘探知機まで利用したが真実反応が出てきた”と話した。
さらに進んで“哨兵のような自筆陳述書上にも2km離れた高速艇を見たといったが視程500mが果たして正確かわからない”と指摘しながら“水平視界が良くなくて海岸線が見えないでも垂直視界が良い場合もある”と事例を挙げることもした。
 
最後は機械のせいにするんだけど
また、観測装備にも観測できなかった状況であったという大きな課題に対しては“観測装備の暗視画像は温度差で見る”として“閃光が水柱かわからないのかだけ海水が上がってきたとすれば海面と閃光の温度が同じで夜店頃では見せることもない”と説明した。
他の当局者も“兵士たちは水柱を滝の水のようなある一抱え一直線になった柱を考えるが飛散する水全体をいうのではない”として哨兵が絵で見せた飛散する形を‘水柱’と見なす可能性があることを表わした。
事件発生直後の午後9時(21時)30分頃海軍艦艇3隻が事故現場に到着したという疑惑に対しては“砲術長が状況将校に報告した見解が21時28分で、状況将校が事件を認識して指示を受けて事故現場に出発しようとするなら最小限21時30分はなるだろう”として“高速艇は5分内に出動だけでも上手にしたという”として可能性を否認した。
また“基地基地から事故現場までの距離が15km程なるのに最小限15分程度がかかる”として“すぐに報告を受けて指示しても時間が合わない”として“状況上哨兵が見た時、出発する方向からきたという意だろう”と反論した。
特に“高速艇移動までも民主党特別委ではKNTDS(海軍戦術指揮統制システム)画面をみな見て行ってその動きまで知っている”として“それでも一度もこれに対して話したことがない”と付け加えた。
彼は“出動に先んじた情況や報告時間などを考慮しないでとても哨兵陳述書大でだけ推論した結果と見える”と指摘した。
 
ところが救助活動は目の前880m付近で行ったと言い出す始末
国防長官: これは夜間だから 見ることができる人がきわめて制限されています。 その船の上にも甲板に出ている人が 今現在見たという情報はありません。 確認を継続しています。

キム・ドンソン議員: 事故現場で最も近い警戒所がどこでしょう?
 
国防長官: そこにあります。 近いところに、ペクリョン島にその警戒所があります。

キム・ドンソン議員: 何メートル離れていますか?
 
国防長官: メートル数は正確に分かりませんマは.......
 
キム・ドンソン議員: 私が報告受けることではおよそ880メートル程度だと?
 
国防長官: その程度です。はい
 
キム・ドンソン議員: (当然であるように)そこでは肉眼では見えるでしょう?
 
国防長官: はい!
 
キム・ドンソン議員: ひょっとして見たという兵士はいないですか?