保険料(健保料)が払えない家庭続出
国民健康保険料(健保料)が払えない家庭続出
息子一人が親と幼い弟兄弟を養っていてもそれぞれが健保料を払うことに
生活脆弱層の烙印を貰えば保険料免除なのも魅力...自称脆弱層が増える予感
[はたらけミーナ]昨年、ある会社に就職したイ(28)氏は、入社を控えて通帳が差し押さえられたため、入社の取り消し通知を受けた。 幼い時に両親が離婚した後、20年近く父親と離れて暮らしたイさんは、父が死亡した後、これまで滞納した健康保険料と延滞金がイさんにきており、このため、通帳が差し押さえされたものである。
国民健康保険法によると、両親無しで未成年者だけで構成された単独世帯でも所得と財産があれば、国民健康保険法施行令で定めた '地域加入者保険料連帯納付義務対象者' になるために健康保険料を払わなければならない。 しかし、A嬢とB君には職業も所得もなく、健康保険料を出すのが不可能だった。
Aさんの伯父さんは "4人家族のうち子供たちだけが生き残った。 懐が都合が良くない状況でも子供の世話に専念している。 惨事で家族を失い、不安な気持ちにエレベーターもきちんと乗れないような子供の前に、相続された財産があるはずだからと、健康保険料を要求する健保公団の態度が困惑した"、"マスコミに出た後は言い訳するだけで、根本的に法が変わらない限り、健保公団が再び保険料を督促して来るかも知れない事柄" と語り、制度改善を要求した。
貨物車運転手のイ某(66)氏は今年初め、未納の健康保険料70万ウォンを出せという督促告知書を受けた。 貨物車の運転手として事業者登録を行った後、息子の世話になっていた被扶養者の資格を失って健保料として毎月24万ウォンを払うことになったのだ。
貨物車の運転手では収入が良くなかったので、アパートを担保に融資を受けて食堂を運営していたイ氏はその後、食堂が売れず家賃賃貸した状態だ。 子供たちの助けで借金の一部を返済したがまだ2億5000万ウォンの借金があり、毎月利息を払わなければならない。 イ氏は "今も、子供らが手伝ってくれて、銀行の利子と生活費を充当している。 妻と合わせた年間実所得が316万ウォンだが、健康保険料に年284万ウォンを支払えというのは死ねとことと同様" だとし、"健保料の爆弾を解決してほしい"は、苦情を保健福祉部に提出したが、応答はない。
2人の娘と癌で闘病中の夫に代わって療養保護士として働き、生計を立てているキム某(49)氏がひと月に稼げる金額は80万ウォンだ。 長女が大学を辞め、コンビニアルバイトで毎月50万ウォンあまりを得て生計の足しにが、130万ウォンは四人家族生活費として非常に不足している。 キム氏の夫の病院費に耐え切れず、延命治療を放棄した。 数年間も滞納した健康保険料1500万ウォン余りは彼らの人生を重く押さえ付けるが、殺気汲々として滞納金の納付は思いもできない。
未納の健康保険料のほか、毎月払わなければならない健保料もこれらの家族には負担ばかりする。 キム氏は救済方法がないか、健保公団に何度も問い合わせたが、その度に方法がないという答えが返ってきた。 キム氏に土地があるためだ。
2019年7月から制度が少し変わる
通っている職場と個人が半分ずつ健康保険料を出している職場加入者はこれからも大きな変化はない。 ただ、職場でもらう月給以外に他の所得を得ているサラリーマンは保険料の負担が大幅に増える恐れもあるため、注意深く見なければならない。
これまで職場加入者の子供や兄弟・姉妹の被扶養者に登録して健保料を払わないで来た人は大きな変化がある。 早速来年から彼らは、地域加入者へ転換して健保料を納めなければならないこともある。来年7月から兄弟・姉妹の被扶養者登録ができないようになる。 もとより、自分が65歳以上の高齢者や30歳以下の青年、障害人など脆弱階層に該当すれば、兄弟・姉妹の被扶養者として登録できる。
(ソウル/みそっち)
朝鮮人にとって働くとはどういうことだったのか
朝鮮時代にね、課税が強化されたんですよ、あるいは天変地異や農民の蜂起もありましたね。するとそれが嫌で逃げ出して納税や国防の義務から免除されていた奴婢という身分になったのが急に増えたのだそうです。
これは誤解されがちですが、農地を捨てて逃げ出したのが増えたということです。これを 王族-両班-常民-奴婢>>という分類に分けてみると王族じゃない、両班-常民でもない。そいじゃコレだ、というのでそいうことになったのです。
朝鮮時代の奴婢っていうのは労働を強制されるわけでもない放し飼い状態だったと考えればいいかもしれません。
もちろん雇用されていた奴婢もいるわけですが、それだって自由意志で好きなところに逃げたりしていました。だから人身売買なんて訳じゃないですね、雇用契約書があって内容は奴隷契約だったというのは事実かもしれませんけど、韓国版の『グローバル世界大百科事典』が正しいことを書いてるわけじゃないのです。
それどころか、「こうだったに違いない」なんてことを書いているのです。
逃げても常民じゃないので定住先が無いですね、農地も無いです。それで常民の農家が収穫なんかやってるところに手伝いに行ってわずかばかりの食べ物を得ていたんです。住むところだって常民の納屋の隅っことかでいいんです。納屋がなければ隅っこに小屋を建ててそこに寝起きするんです。おなかがすいても畑の物を盗むと叩かれますから、専門の盗賊になったのもいたことでしょう。 貧しい盗賊が貧しい村を襲うなんて ”七人の侍” みたいな展開を想像しちゃいけません。せいぜい ”追いはぎ” 程度ですよ。 そうなると村人が出歩かないですから封建社会も確固たるものになったりしてね。
けものの肉を解体して皮を剥いだり?
それこそ専属の身分があって呼び名もあったでしょ。
農民じゃないですよね、何か売ってるひともいるようですが、そいじゃ商人?? 違いますね そいじゃいったい何なのよ。これってニホン的に士農工商以下略に分類したり朝鮮時代の身分制度がこうだからこれこれ、というわけじゃないのです。
日清戦争のもうちょっと前に朝鮮は開港したんですよ。それまでもニホンや中国の商人がわずかに朝鮮沿岸部に住んでいたんですが、急に外人が増えることになったわけです。
すると土木工事なんかが始まるし西洋式教会や和式店舗や中華式大飯店が立ち並ぶようになったわけです。仁川がまだ済物浦と呼ばれていたころです。以前からニホン人が定住していた釜山にもニホンの旅籠や商館が続々と建ち並び始めたのですね。
事実上の開国ですからほかの国も次々とやってきます。もうソウルは建設ラッシュですよ。このように現場作業員の需要が増えたけど、なぜか朝鮮人が集まらないのだそうです。働いても貰うカネを知りませんから働かない朝鮮人というイメージが生まれたのもその頃です。
そこで中国人労働者がたくさんやってきたんですね。日清戦争の前後には中国からの労働者が朝鮮の開国景気で大勢やってきたのです
ニホン的分類じゃダメ 朝鮮時代の身分制度の分類にも対応してない。そうなれば現代のソウルに当てはめてみるのがイイんじゃないかと考えたわけです。
ソウルばかりじゃないけど。何してるのかわからないけどそこに大勢暮らしてるでしょ。週末にはデモ行進してるのがソウルにいるでしょ。定職のないのがソウルにはいくらでもいるでしょ。 そいうひとたちの先祖ですから
払わなけりゃ徳政令あるし