修能の今日、浦項じゃ体育館に2年目生活
あの地震の時は大学修能試験が1週間延期されたよね
マグニチュード5.4の地震で浦項市では負傷者92人、被災者1800人余りが発生して施設物の被害は2万7317件で総被害額3323億ウォンを記録した。
地震2年が過ぎた今も影響は続いている。 まず、まだ家に帰っていない被災者たちだ。 興海室内体育館に設けられた避難所テントには被災者92世帯の208人がとどまっている。※今年2月には40人という記事もあった
他にも50人余りがコンテナで作った臨時居住地に住んでいる。 彼らはまだ地震被害で生活のすべてを市とボランティアからの支援で過ごしている。
彼らの目的は被害補償だ、地熱発電所の地層水注入が原因だとする史上類例のない「地震損害賠償訴訟」が行われているが、最終判決はいつになるかは分からない。 被害者の補償や都市再建、責任者の処罰などに拍車がかかる「浦項地震特別法」の制定も長引いている。
セヲル号沈没事故で話題になった珍島体育館は219日目に家族らが完全撤収したことに比べればすでに700日を超える体育館生活である。
体育館で暮らす被災者たちは、誰も仕事をしていない。朝昼晩の食事はボランティアがすべて用意してくれるし、洗濯や洗い物もボランティアがすべてやってくれる。テントの中は狭いが、十分な寝具も用意され、朝晩の冷え込みでさえも全く無縁だ。
重い口を開いたキム(65・女)さんは、「貸していたアパートがダメになり収入も無くなった、絶望するしかない」と話す。
▲興海室内体育館には専用の飲食施設がある。
先月30日には、国会前で行われた大規模な集会に参加した事もあった。毎朝8時20分に朝食が提供され昼は12時30分、夕食は少し早いが5時半だ、体育館内は薄いピンク色のテントが足の踏み場もなく設置されている。
被災者のチョン(80・女)さんは、「住居対策作り、地震特別法制定など、言葉だけしっかりした国会議員たちに問うために、すべてのことをそっちのけにして国会に行った」「今回も、何人かの国会議員たちが現れて演説したが、能書きばかり思う存分して帰ったよ」と話した。 同日、国会の前には地震とは関係のない人まで3000人あまりが集まった。
コンテナで迎える二度目の冬...「家の中にいても息が出る」
体育館で約1.5キロ離れた興海邑ヤクソンリにも、コンテナ生活をし、被災者たちがいる。 住居用コンテナ33棟が集まっているいわゆる '希望、巣の移住団地' だ。 浦項市は、家が全壊した被災者のうち一部にコンテナで作った臨時住居地を提供した。
被災者らは依然として避難所と臨時居住地に留まっているが、彼らに対する補償手続きはまだ第一歩を踏み出せずにいる。 地震被害住民と浦項市が最も期待するのは、いわゆる'浦項地震特別法'だが、法案は発議されてから7ヵ月の間消息がない。 特別法は、地震で被害を受けた住民に対する救済と心理安定、地震発生原因と真相究明対策などを盛り込んでいる。あっちの民主党と自由韓国党、正しい未来の党など与野党3党が関連法案を発議した状態だ。
市民の一部は、これまでにない「地震損害賠償訴訟」を進めている。 訴訟を主導した、浦項地震汎市民対策本部は昨年10月と今年1月、5月にそれぞれ三回にわたって大韓民国政府と(株)浦項地熱発電、地熱発電所の運営会社(株)ネクスジオなどを相手に1人当たり1日5000~1万ウォンずつの慰謝料を要求する損害賠償請求訴訟を提起した。 訴訟人団が計1万2867人に上る。 この6月25日、裁判の開始を知らせる弁論準備期日が開かれた後、これまで2度の裁判が進行された。
そこから離れちゃうと権利が無くなるから