”もしも独立前夜の朝鮮に韓国の各紙があったら”
没になった企画とか その5
”もしも独立前夜の朝鮮に韓国の各紙があったら”というような題名で、現在の韓国のメディアの特徴を生かしながら、当時あった出来事を今の彼らだったらどんな風に報道するのだろうか?という壮大な読み物を書きかけています。
もちろん各社のポジションはそのままでコラムや特集のなかに当時の朝鮮の風俗や文化を織り交ぜてみようと思っています。
釜山ではニホン人居留民相手のキーセン宿が..
(ソウル新聞-1887年) 国家規模でのキーセン観光が本格化する、現在釜山を中心に活動している妓生はおよそ200名、それらの売り上げは国家予算の20%にもなる花形産業だ...
最新、白菜を使った朝鮮漬けの製法
(東亞日報-1891年) 結球ハクサイを使ったまったく新しい朝鮮漬けが登場する、朝鮮原産の赤唐辛子をふんだんに使った朝鮮漬けの新しい名称を募集している。
※キムチの名はまだ無い、泡菜かな
ハングル教科書、ニホンの援助でついに発刊
(NEWS-1・1886年)これまで文字の書けなかった庶民にも教育の機会が与えられる、世宗王の時代に作られたがつかわれることの無かった朝鮮文字が
※ハングルと呼ばれるのはもうすこし後になってから 名前も世宗大王ではない
大韓帝国最初の軍艦"揚武号" 堂々登場
(国防ニュース-1903年) 最新鋭の蒸気鋼鉄船が朝鮮にやってくる、4000t級の大型鋼鉄船は最大速力13.5ノットと優速だ
100年に一度の稀代の悪女"閔妃"凶弾に死す
(NOWニュース-1899年)大韓帝国の領域は北緯33度15分から北緯42度15分、東経124度35分から東経130度35分までと決定された、鬱陵島は長いこと渡島が禁止されていたが、大韓帝国の領土として国際的にも認められたものだ
あぁ大韓帝国の建国、中国の属国から独立国へ
堂々としたアジア最大のソウル駅の威容
(朝鮮日報-1900年)ソウル駅は、1900年7月8日に京仁鉄道合資会社(現在の京仁線)の「南大門(ナムデムン)駅」としていよいよ開業する。駅名は周辺にある南大門にちなむ。1899年9月18日に開通した京仁線は、首都・漢城府と仁川港を結ぶ路線だったが複々線化による都市人口の集中と1920年に予定されたソウル万博(予定)にむけて着々と変貌している。
※赤レンガの駅舎建設が始まるのは1924年から
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いえいえ、何時でも200ページくらいの内容になりますよ、ただ気力がなくて もぉ
ええとね、タイトルには旧字体をつかって、内容は機械邦訳風にそれっぽくつくるのです