警察のマイク越しの口調が丁寧になるってよ
"右停車"→"運転者の方は右側に車を止めてください"
交通警察の言い方をスムーズに変える…
高圧的・はん口調の言語を順化することに
[ソウルミーナ]”××××黒のグレンジャー、信号違反、右停車。右側停車!” 最近、A氏は週末のお出かけのとき、ソウル市内の人跡まれな交差点でミスで信号を違反したが、付近でパトロールしていた警察官に摘発された。 短いが、うるさいサイレンとともに拡声器を通じて聞こえてくる高圧的な声にA氏はすぐに引け目を感じざるを得なかった。
法規違反運転者に向けた交通警察のはん口調命令が今後'礼儀'を整えることになる。
車両番号呼称は、”××××番運転者の方”へ丁寧に変化して”右停車!”は”右側に車を止めてください”という和やかな表現に変わる。
警察庁は先月末、パトカーが法規違反車両に誘導放送をする時、尊称と敬語を使うようにする指針を下したと11日明らかにした。 最近、警察庁国政監査で、車両番号で相手を呼んでぞんざいな指示をする慣行に対する批判が出たことによる措置だ。
交通警察は法規を違反した運転者を呼ぶ時、”黄色のオートバイ運転者の方”のように高めて呼ぶようにした。 ※高めて呼ぶ、文字通り高めて呼ぶこと
語尾も緊急や危急だったり、重大な法規を違反した状態でないなら、ため口の代わりに'ヘヨ体'に準ずる多い敬語を使わせる。
※サランヘヨ=ございますわょ
法規違反と無関係な一般交通情報を伝え、協力を求める時は、"道が渋滞するから、車を回して迂回してください"など、最も高い水準の尊敬語を使用することにした。
しかし重大な違反状況の発生や逃走車両の追跡時には今と同様に"停止。 停止!"など命令形を使えるようにした。
警察庁の関係者は"交通現場で運転の未熟による単純交通妨害や道路の駐車など些細な違反を犯した場合、警察が高圧的について気分を害したという請願があった"、"改善された指針が施行されると、市民らの満足度も高まるだろう"と話した。
(翻訳:みそっち)
非常にわかりずらいハナシですが、韓国の警察が普段から高圧的で良くないということとはちょっと違います。 ハングルはちょっと知るとわかるのですが、漢字の音読みだけで送り仮名や接続詞を省いたものをニホン語と同じ順番で並べたものだと想像するとわかりやすいです。しかしながら語尾の変化で丁寧な言い方もあるというしくみで出来ています。
ニホンでは『白いクルマの運転手さん左に寄せて止まってください』というのが白バイ隊員の口ぶりだとします。 これがハングルになると 白車(フィンチャ)運転手(ウンテンジャ)左寄(ウェンチョク)止(モンチュ)みたいになります、これの語尾にセヨっていうのをつければなんとなく丁寧な言い方っぽく見えるかもしれません。(ウソ)
そして体面社会ですからちょっとした言い回しや言い方で訳がわかんなくなっちゃうひとが非常に多いです、相手の地位を知ることが何よりも最優先されるみたいなところがあってよそのうちの父親にさえも”お父上様”みたいな言い方さえします。
お父さんが会社で部下上司の関係だったりすればそれがそのまま学校でも通用するんですね。 ※むっつりと無口な韓国人が多いのもそれが理由
これが階級章のついている警察や軍隊でも全く同じ現象があるわけです、警察などの社宅でも階級が上のひとは周りからちやほやされるし、そういうのを無視すれば気のきかない奥様を持った警官は一生偉くなることができないのです。
まず韓国では学校のセンセというのはほとんどの生徒に対して高圧的ですよね、ところが生徒のなかにはPTA会長や地区の議員の子供も混ざっています、そんなときにヘラヘラ揉み手で態度が変わるというのが特徴的だったりするわけです。
授業の時の口調ですが、学校のセンセは金大中~盧武鉉の時代に大量に採用された左翼性向のセンセが大勢います。これらは縁故で採用されたひとばかりなのでそういうところには非常に敏感ですよ、よくありがちなのでは共産党の議員センセが拡声器でうるさいときに文句をいうとつべこべ言い出すようなアレの理屈に似ているかもしれません。※どうせロクなことは言ってないけどうるさいアレ
そのいっぽうで校長センセというのは教師から採用されるわけではないので地区の議員さんなんかと仲良くするのが役目となっています。こちらは特に偉い人なので普段からぞんざいな口調で話すのですが、教育長とかの前に出ると途端に小さくなるのが普通ですよ。
警察でも、気軽に『おい、コラ!』なんてやっちゃうと交通事故で見るからにお前が悪いだろうというような犯人だったとしても国会議員の息子だったりするのであとでチクられると警察の偉い人はどんな嫌がらせを受けるかわかりませんよね。
そうなることが身にしみて分かっている警官は”乗っているクルマや身なり”で事の善悪を判断するようになるのです。 そういう社会構造なのですが、国民のほとんどを占める”愚民”を相手にするならば180度言い方が違うわけですよ。そのへんの使い方が難しいのでストレス社会なのだとも言われているようです。