minaQのつぶやき 네토미나

嫌韓(いやかん)ってホントはどうなの?

ベトナム土産 いかがですか~

メコン河流域開発ホニャホニャでベトナムに何人か派遣するそうですね
取り敢えず埋めた物ですから   そうそう “ドラム缶600個説” 急浮上です 乞うご期待っ
キャンプキャロルヘリポートに遺棄されたアレ
 
‘エージェント オレンジ’表記ドラム缶、部隊裏庭に埋めたて夏・秋の間一週間に1,2回ずつ作業持続“私たちは実験用動物”…足マヒ聴力以上苦しめられて前職駐韓米軍が明らかにした33年前‘キャンプキャロルの秘密’米国放送の調査報道とあらわれた駐韓米軍の枯れ葉剤埋めたて方式は一般ゴミと別に違わなかった。 枯れ葉剤をこっそりと埋めたとのことぐらい衝撃的な事実だ。 今回の報道で米国政府が1968~69年非武装地帯にばら撒いて韓国に残っていた枯れ葉剤を海で焼却したと明らかにしたと説明したのも嘘であることがあらわれた。
33年ぶりに秘密を打ち明けた米軍変更者スティーブ ハウスなどは1978年当時都市の一区域ほどの大きさのくぼみを作れとの指示で土地を耕したと話した。 ハウスは“私たちは本来ゴミを部隊裏庭に埋めてきた”として枯れ葉剤埋めたて方式も同じだったと話した。
 
 
これらが埋めたことはベトナムで数百万名に被害をもたらせて残った枯れ葉剤であった。 重装備特技兵だったハウスは19日SBSとの電話インタビューで“一部ドラム缶らには‘ベトナム地域、コンパウンド オレンジ(エージェント オレンジ)’と記されていた”として“一週間に1,2回ずつ夏ずっと、秋まで作業を継続した”と明らかにした。 彼は特に“(韓国兵士たちの)カツサは他の仕事をさせて何か正しくない仕事をするということを分かった”と付け加えた。 彼の同僚であったロバート トゥレビスはドラム缶数を250個余りと記憶しながら“どんなものには‘1967年ベトナム共和国’という字がついていた”と証言した。
 
▲どこに埋まってるのかなぁ
 
 
米国政府は当時枯れ葉剤の人体被害が深刻だという点を知って使用を禁止した状態だったのに跡兵士たちに対する保護措置を取らなかった。 ドラム缶を倉庫で一つずつ取り出して手に転がしたというトゥレビスは“枯れ葉剤がドラム缶で洩れたりもしたし、おぞましいながらもやや甘い臭いまで出た”と話した。
トゥレビスは作業の後全身にでき物が出たし、以後色々な所に関節炎を病むことになったと主張した。 彼は“手首と足関節がとても弱くなって何度も折れたのか分からない”と訴えた。 同じ作業に動員されたリチャード クレイ遠い“作業の後足がとても注いで歩くこともできないほどであった”とし、以後で足が麻痺して関節炎と聴覚障害を得たと話した。
 
▲周辺河川まで2200m でも水源から30m離れてればセーフなんだそうですよ それは牛豚さん
 
 暴露を主導したハウスは自身は上部の指示に従っただけとしながらも、“どれくらい多くの人々がそのような物質に露出して癌などの病気を得たか”として罪悪感を吐露しながら涙声で話した。 彼は“大きい手術をしなければならないということを最近分かったが簡易とても弱くなって手術を耐え抜きにくいという”ともした。 トゥレビスは“私たちは実験用動物のような存在であった”と話した。
<ケイピエイチオ>(KPHO)は衛星写真を利用してキャンプ キャロル内部の枯れ葉剤埋めたて地点を指定しながら有毒物質が洛東江(ナクトンガン)など周辺河川に流れ込んだ可能性も提起した。 ピーターフォックス アリゾナ州立大教授は周辺住民たちの被害の可能性に対して“毒性物質が地下水に流れて行ったこと”としながら“住民たちがこの水を農作業に使えば毒性物質が飲料水供給連鎖だけでなく食糧供給連鎖まで入っただろう”と話した。 彼はキャンプ キャロルの埋立地のように毒性物質が溶解しにくい環境では除去作業に50年がかかることができると説明した。
枯れ葉剤を取り扱った軍部隊周辺の住民健康問題は米国でも論議になっている。 米国、メリーランド州政府などは米軍の生物学前研究中心地だったポトゥディトゥリク基地周辺で500余世帯が枯れ葉剤の影響で癌にかかったという主張に関し最近調査に着手した。