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嫌韓(いやかん)ってホントはどうなの?

天安艦 折れたのは10:15以後でもイイの

天安(チョナン)艦の真実-事故時間と当時の潮流は?
天安(チョナン)艦は夜10時15分以後に半破された(1)
 ※(2)って言うのがもうじきかもぉ
(2010-12-29のカキコ)

TOD映像を見れば天安(チョナン)艦が分離した直後や艦首だけ見える映像でも全部西北側で流れる潮流の方向が見える。
単純な表層部の流れでない潮流の実体とその方向が見える。
西北方向で流れる。
それも荒々しく...
TOD時間は9時20分余りなのに南東側で流れなければならない潮流がなぜ西北側で流れているのかその原初的な疑問に皆は無関心だ。
かえって北西側へ流れる潮流の実体を見ながらもTODの時間と潮流分析表を対照して南東側で流れると話す。
逆らうことはできない自然の摂理を両目で見ながらもこれを無視して装備の時間だけを信じようと思うことだ。
立海洋調査院は天安(チョナン)艦事故当時潮流は南東側へ流れたといった。
当然である言葉だ。 事故時間を9時22分で知っているとそのように言うほかはないことだ。
3月26日夜当時のアノ付近の潮流は夜10時を基点に前後30分の静潮時間を付与しても遅くとも10時30分に開始されて27日明け方3時に満潮となる。
4時間30分の外にかからないわけだ。
したがって蓮花里(ヨヌヮリ)近海で半破されたとすれば艦首部分はやはり21時30分以後ペクリョン島西南端を絶対背を向けることができなくて場村近海の最終位置は話にならなくなる。
それならすでに西北側に流れている分離直後の天安(チョナン)ハムTOD映像は何時にどこで撮影されたものか?
立海洋調査院の潮流分析は連日持続的に連結される時間帯別分析なのでそれほど大きい誤差はない。
ところがTOD映像の中の潮流は明確に西北側で流れるのだ。
 
それなら問題はTOD時間が誤っているということであり潮流の実体に合わせてTOD分離映像時間を22時以後で再設定しなければならない。そうしてこそ真のファクトを読みだすことができる。
国防部は最終的に事故時間が9時22分といった。
地震波時間、KNTDS信号消失時間、TOD時間をその根拠としていることだ。
しかし
国防部は3月27日すでに地震波の実体を知っていた。そしてKNTDS信号消失時間は事故当日把握される基本事項に該当してTOD映像分析を通した判断もやはり当日または遅れてこそ一日だ。
初めから知っているこのような科学的なデータがあることにもこれと全く関係がなく事故時間を発表した理由は何か、初めには時間がそうなっていなかったということが最も合理的な返事にならないだろうか。
▲最初報道はぺニョん島南東岸で事故発生という報道だった、26日KBS速報から
<YTN動画も見てみる>
YTN海軍哨戒艦西海上沈没...人命被害発生
http://media.daum.net/politics/others/view.html?cateid=1020&newsid=20100326232304409&p=ytni
 
[26日MBCニュース特報動画見てみる]
http://www.youtube.com/watch?v=d4TxFXcw9Yk
 
したがって船体が北西方向に流れているTOD画像で船体が分離した場面は北西流が流れる時間につけられたことであり10時15分に到着した海上警察が5km漂流後10時40分頃“場村”近海で破断したと表記した内容を後押しできることだ。
すぐにこれが海上警察到着時間の秘密だ。
海上警察は10時15分到着したといったし国防部は海上警察が10時45分到着といった。
国防部言葉通り10時45分到着が合うならば海上警察は天安(チョナン)艦が分離した以後到着したことになるが10時15分が合うならば海上警察は天安(チョナン)艦が分離する前に到着したことになる。
それで国防部は海上警察が到着した時救助活動する可否を判断するのが難しい状態だったといったし10時45分到着すなわち分離後ということだ。
しかし海上警察は10時15分到着したし、その時までも天安(チョナン)艦は分離されていなかった。
先に到着した高速艇が天安(チョナン)艦が処した特異な状況(のために救助(接近)しにくい状況だった。
10時15分到着した海上警察さえも直ちに救助できなくて10時40分を過ぎてこそ救助が開始されるほかはない状況であったということだ。
結局TODの時間は公開したが映像で潮流の流れは変えられないことだ。
海上警察、海軍、海兵隊6旅団状況も皆に表記された共通した真っ赤な点は半破地点だ。
もう天安(チョナン)艦がどこでいつ分離になったのか、それにともなう艦尾の最初位置がどこでならなければならないのか考え直さなければならない。
しかし艦尾がどのように移動することができるかと尋ねるな。 それは私たちが解明する内容でない。
もうTODがどこで撮影されたのか考え直せばすぐ探すはずだ。
TOD方位角は何の問題にならない。
ペクリョン島南海岸で西海岸(ソヘアン)に至るまで分布した警戒所で天安(チョナン)艦までの方位角直線は平行するように移動させればぺニョん島南岸の警戒所を基準としても無理がなくなる。
海上警察が言及した5km漂流後半破そして具体的に表示した半破地点が真のファクトだったことを必ず知ることになる日があると見る。
事故時間が9時22分に変わる前状況はどのようだったか?
9時30分が事故時間といったし9時30分以後の艦首部分プラス4種を4月1日公開しながらもうこれ以上はTOD映像がないといった。   なぜないといったのだろうか?
 
国防部はこれ以上見せられないっ
この時点は天安(チョナン)艦がすでに分離したし艦首部分だけ見える映像だけ見せれば良い時点であり、違うものが必要がないことだ。
船体が分離した映像はまだ時間操作にならなくなっていることだ。
それはまたあってはならないことだ。
国防部長官はすでに3月27日ペクリョン島警戒所で哨兵の陳述を聞いたし海兵6旅団長からブリーフィングを受けた。
海兵6旅団は遅くとも3月27日ブリーフィングに先立ちTOD映像分析と哨兵らの目撃、陳述を土台に全般的な事故状況に対するブリーフィング資料を準備したことを意味する。
したがってブリーフィング以後国防部長官やはり全般的な事故状況を熟知したという判断が可能だ。
ところでTODは国防部長官の指示によって編集された事実が一歩遅れて確認された。
国防部は初めて9時45分が事故時間といった。
しかし9時30分に変えながらそれを証明しなければならなかった。
合わせて海上警察が5km漂流後夜10時40分頃場村近海で半破した事実が誤りだったことを証明しなければならなかった。
 
イメージ 1
 ▲海兵隊哨所のある“場村港”のTOD画像からみると 天安艦は“年棒岩”(大青島テチョンドとのあいだにある)をぐるっと回って“事故現場”の場村港沖合880m地点で折れて沈没したことになる もちろんぺニョん島南西方向の第1の浮標は国防部が想像した無意味な地点だ。
 
※用語の解説:“蓮花里(ヨヌヮリ)”はぺニョん島の西南端 南岸側は“ゲップ岩” 凹んだところに“場村”港があります
 
なぜ事故位置のウソをつくのか 
“場村”近海で半破されたとすれば北潜水艦の進入経路を妄想設定できないためだ。
それで9時30分爆発で半破されたし艦尾が直ちに沈没して艦首部分だけ見えるという時間が9時33分以後とこれ見よがしに映像を公開したのだ。
そして9時33分艦首の位置がペクリョン島、西南海岸だと主張したということだ。
10時15分に到着した海上警察が5km漂流後10時40分“場村”近海での半破である事実が滑稽になる瞬間が演出されたのだ。
9時33分天安(チョナン)艦の位置は海上警察に"水が漏れる"という救助信号を送った位置に過ぎない。
言い換えれば9時33分になるべく天安(チョナン)艦船体はまだ分離もならない状態だったというものだ。
したがって9時33分台の艦首部分だけの映像に表示された時間は実際時間よりだいぶ前に引いた時間であり、それで画面では北西向きの潮流が流れていることだ。
そしてその場所が場村近海にならざるをえないことだ。
だからまだ時間調整にならない船体が分離した直後の場面はないといわなければならない。
初めから船体が分離した直後の映像を公開して事故時間を9時22分だと話すことができないのは4月1日公開された艦首部分映像よりもかえって後時間にあったためだ。
9時30分が事故時間といいながら優先的に9時30分以後艦首部分だけ見える場面だけ公開すれば良い立場であった。
 
しかし時間は充分だ。
4月7日分離映像を公開して半破時間を9時22分頃で再確認させてくれるための時間は豊かだったとのことだ。
結局4月7日地震波時間、KNTDS,TOD情報をよく混合した妄道(妄想報道)を公開する。
艦首部分だけ見える場面を9時33分以後に引いておいたので分離した映像はより一層引くべきでそれらしい根拠が必要だったのだ。
それでKNTDS信号消失時間を連係させて地震波時間を連係させてより一層科学的なトクパプを作ってフナらを誘惑したのだ。
 
TOD表示時間もKNTDS情報も全部嘘! もちろん地震波なんか大嘘
事故時間と半破場所が国防部捏造部が願うポイントに移されても一般大衆らは科学的な妄道に腹がいっぱいでかえって捏造発表を根拠に前になったり後になったり我田引水な分析で科学的な姿勢のように誤った判断を量産する。
半破時間が遅くなれば事故場所がますます北上することになっている。
半破時間を引いて事故場所をますます北上させなければならない理由は結局北の潜水艦がそれさえも入ってくることができたという地点と経路を合理的に説明しなければならないためだ。

天安(チョナン)艦には最初状況があって時差を置いて半破状況が発生した。
国防部は最初9時45分に船体後尾の原因がしらない爆発で破口ができて浸水して以後沈没することになったという発表をした。
しかし色々な面で分離状況その以前情況らが捉えられるので、ある瞬間の爆発-分離-沈没を最後状況時間で固めるには無理があるということを認知しただろう。
これに伴い、最後状況時間を最初状況時間近所にますます操り上げなければならない立場になったし自然に事故場所を最初浸水状況近所まで北上させて北の潜水艦接近が可能だというほどの位置まで移動させたのだ。
小説という前提に言ってみれば空中音波の存在、KNTDS信号消失時間、TOD映像、状況かは国防部が必要によって意図的に流した修正された情報に過ぎないということを認識するべきで翻意された証言、陳述らは最初の内容にだけ注目しなければならない。
 


 
3月26日の事故のあった晩って、21:47が引き潮のピークでしょ う~~ん ぺニョん島の住民が騒がしさに気づくのがやっぱり21:45頃なのです
同時多発的にいくつかの事故があって当夜の夜間訓練は21:00に終わっちゃうし 海上警察の救助活動もTOD時間から見て正しそうだと思うけど あっちの記事書いた人もチョーセンジンだし国防部だけがチョーセンジンってわけじゃないですよね。
 
 そういえば当夜の“フォールイーグル”鷲訓練って救助活動訓練だったって国防部が訂正してるけど天安艦は参加してなかったって言い張るし う~~ん わかんない
海上警察が現場に着くまで天安艦はどーなっていたのかな 動画だと艦首部分が横倒しで救助活動してるのが写ってるけどそれにしちゃ水没位置がはっきりしてないし キタ潜水艦関与のために事故位置を北西方向に誘導しようとしてたとゎ思うんだけどネ    おしまぃ